【保存版】生誕100周年を迎えたブライオン・ガイシンとは?

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2016年1月19日に生誕100周年を迎えたブライオン・ガイシン(Brion Gysin 1916-1986)という人物をご存知だろうか?

ブライオン・ガイシン

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ガイシンはイギリス生まれの画家、
パフォーマンス・アーティストであり、あのウィリアム・バロウズに
「カットアップ」を伝授した人物である。その彼が生前に心から魅了され、
深く傾倒した民族音楽が存在する。それがモロッコ北部の小さな村に伝わる
伝統音楽「ジャジューカ(Jajouka/Jojouka)」である。
このジャジューカはガイシンをはじめとする名だたる偉大な
アーティスト達を魅了し、心酔させてきた。例えば、
ストーンズの元ギタリストであるブライアン・ジョーンズ、
ビート・ジェネレーションを代表する作家ウィリアム・バロウズ、
作曲家であり作家のポール・ボウルズ、サックス奏者のオーネット・コールマン、
心理学者のティモシー・リアリー等が挙げられる。
そんな神秘的で魔術的な魅惑の音楽「ジャジューカ」と、この音楽に
触発されたアーティストによる2枚のレコードを紹介したい。

「これは、私が残りの生涯を通じて聴くことを望む音楽である」(ブライオン・ガイシン)

ガイシンを虜にしたその音楽とは一体何だろうか。
「ジャジューカ」は、モロッコ北部のリフ山麓にあるジャジューカ
と呼ばれる村に伝わる民族音楽である。
この音楽は、いくつかの伝説の要素と歴史的要因が混合し、
複合化された様態を成して現在に伝わっている。

-ジャジューカに伝わる伝説①-

ある日、ジャジューカ村にやってきたアッタールという男が、
近くの丘にある洞窟で眠っていた。
その洞窟で、半ヤギ半男のブージュルードに遭遇する。
彼はブージュルードから村人に対して秘匿にすること
を条件に、美しいフルート音楽の演奏を教わった。
しかしアッタールが村人にそれを教えてしまったため、
ブージュルードは怒り、村にやってきた。
村人は村の娘をブージュルードに差し出し、音楽で彼らを踊らせた。
疲れたブージュルードは洞窟へ帰り、
その後、たびたび村へ踊りに現れるようになった。
ブージュルードの出現が村の土地を肥沃にし、
村人達を豊かにしたことから、五穀豊穣を祈願する儀礼行為としてこの演奏が成立した。
ブージュルードが洞窟を去ってからは、彼を装った村のダンサーが主役となり、毎年
エイド・エル・カビールという祝祭においてジャジューカが演奏されている。

ブライオン・ガイシン

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-ジャジューカに伝わる伝説②-

約15世紀頃(時制的見解には諸説がある)、
村に聖人シディ・アハメド・シャイフが来訪した。
彼はペルシアから来たイスラム教の偉大な宣教師であり、
「バラカ」と呼ばれる崇高な力に恵まれていた。
彼はジャジューカ村のミュージシャンに彼の治癒能力で清められた
特別な音楽を教えた。彼の能力が宿った音楽を演奏することで、
人々はその力の恩恵を受けた。これがジャジューカの始まりである。

このようにジャジューカは、五穀豊穣のための祈祷歌であり、
聖人シディ・アハメド・シャイフによって授けられた
霊的な治癒力を持つ音楽であることが知られている。
ジャジューカはその後、20世紀に入ってモロッコがフランスとスペインに
占領されるまで、国王やスルタンによって何世紀にもわたり保護されることになる。

マスターズ達(伝統的に受け継がれるミュージシャン)は戦地に
赴いてジャジューカを演奏し、
いかなる時代においても、そのパン・パイプと太鼓の反復する
呪術的なリズムと強烈なインパクトは人々を惹きつけて
やまなかった。
そのジャジューカは「聖人のような」という意味を持つ
アル・スリフ族による音楽家集団”The Master Musician Of Joujouka”
(ザ・マスター・ミュージシャン・オブ・ジャジューカ)によって代々受け継がれ、
現在に至っている。

このようにジャジューカは、五穀豊穣のための祈祷歌であり、
聖人シディ・アハメド・シャイフによって授けられた
霊的な治癒力を持つ音楽であることが知られている。
ジャジューカはその後、20世紀に入ってモロッコがフランスとスペインに
占領されるまで、国王やスルタンによって何世紀にもわたり保護されることになる。

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ジャジューカのミュージシャンは幼少期からジャジューカに
特有の複雑な音楽を教えられる。
そうして何年ものひたむきなトレーニングを積むことで、
最終的にマスターズになることを目指すのである。
しかし全ての人間がマスターになれるわけではない。
ジャジューカは偉大な数人のマスターだけがその技術と秘密を息子や甥に伝える。
彼らが演奏する楽曲は古典に限らず、様々なフォークや新たに
書かれた曲などもある。そして彼らは現在、1980年のヨーロッパツアー
をきっかけに、世界各地の音楽フェスティバルに参加する
国際的なアーティストとして活躍している。
そんなジャジューカが世界に広く知れ渡るきっかけは何だったのか。
ここからは、そのきっかけになったジャジューカに関連する
レコードの一部を紹介しようと思うが、
その前にジャジューカの世界的な拡散に、重要な役割を果たした
人物であるブライオン・ガイシンについて少し触れておきたい。

-ブライオン・ガイシンとジャジューカ-

 

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そもそもブライオン・ガイシンとはどういう人物なのか。
彼は1916年イギリス出身の画家である。彼の作品は日本の書道と
アラビア文字を合体させたような作風で、他にもコラージュや
テープレコーダーによる実験、ドリームマシーンの開発などを行った。
ドリームマシーンとは、ガイシンがイアン・サマーヴィルと共同で
発明した走馬灯のような形をした作品である。
スリットが入った円筒の走馬灯の中心に発光体があり、
それに対して被験者は、瞑想をすることで一種の催眠状態のような
幻覚を引き起こすとされる装置である。

このブライオン・ガイシンとの運命的な遭遇から始まったといっても過言ではない。
ガイシンがジャジューカと出会ったのは、1951年のモロッコ独立の数年前である。
彼はポール・ボウルズと共にモロッコに赴き、ある村の祝祭において初めて
ジャジューカを聴いたのだ。
すぐにこの音楽の虜になったガイシンは実はその村が、彼の恋人である
モロッコ人画家モハメッド・ハムリ(ガイシンはホモセクシャルであった)の
母親の村であることを、その一年後に知ったというエピソードがある。
その後もガイシンはジャジューカへの情熱を抑えきれず、1954年、ついに
「千夜一夜」というレストランをタンジールに開店したのである。
そこでジャジューカマスターズのメンバーを店のハウスバンドとして雇い入れた。
ここを拠点に彼は、多くのアーティストにジャジューカの存在を広めたのである。
ここからはそのガイシンから特に影響を受けた2枚のレコードを紹介したいと思う。

ブライアン・ジョーンズとジャジューカ

-Brian jones Presents The Pipes Of Pan At Joujouka(Jajouka)(1971)-

 

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皆さんはこのアルバムをご存知だろうか。これは1969年に
ブライアン・ジョーンズが27歳という若さで、自宅のプールで
死去した2年後に設立されたストーンズ・レーベルからリリース
された唯一のソロアルバムである。
このアルバムがジャジューカの存在を世界に広めた
最も影響力のあるアルバムだと言えるだろう。
彼は1967年にタンジールでブライオン・ガイシンと出会い、
ジャジューカを知ることになる。
その翌年には、ガイシンとハムリと共にジャジューカ村へ向かい、
現地で録音を行っている。そのときの音源をロンドンへ持ち帰り、
二重録音、逆再生、電子音楽の導入などのスタジオ処理を
加えて完成されたのがこのアルバムである。
このオリジナルのアルバムジャケットのアートワークはモハメッド・ハムリが
行っており、表紙にはマスターズ達が横並びに描かれていて、
その中心には金髪のブライアンが描かれている。
内容は計6曲のジャジューカで構成されているが、A面、B面のそれぞれで
曲間の音の途切れを感じさせないような作りになっている。
95年にはジャケットが刷新され、ジャジューカの綴りが
訂正されて(Jajouka)、CDとして再度リリースされた。

ウィリアム・バロウズとジャジューカ

-WILLIAM S.BURROUGHS – BREAK THROUGH IN GREY ROOM (1986)-

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ビート・ジェネレーションを代表する作家、ウィリアム・S・バロウズも
ジャジューカへ深く傾倒した人物の一人である。
彼は1954年にタンジールへ移住し、そこでブライオン・ガイシンと出会った。
本格的な交流が始まったのは1959年からである。
この頃になるとバロウズとガイシンは同じパリのビートホテルで暮らし、
ガイシンがカットアップをバロウズに教えて、
あの伝説的な小説『裸のランチ』が誕生している。

そのバロウズも彼のレストランで初めてジャジューカを聴いた。
そして彼はジャジューカを「A 4000 year old rock band」(4000年のロックバンド)
と名づけたことは有名である。
この音楽に魅了されたバロウズはその後、1962年に発表した小説
『爆発した切符』等でジャジューカ村を暗示するような内容を取り入れている。
1986年にリリースされたこのレコードには、1973年にバロウズが
ミュージシャンで音楽評論家のロバート・パーマー、
サックス奏者のオーネット・コールマンと共に
ジャジューカ村を訪問した際に録音したジャジューカが収められている。
さらには、バロウズ自身が語る「カットアップの起源と理論」や、
ブライオン・ガイシンのテープレコーダーによるアートワークも収録されている。
また技術的な作業にはドリーム・マシーンの共同開発者である
イアン・サマーヴィルも参加している。
バロウズの年齢を感じさせない卓越した声につい心を奪われてしまう
完璧なトラックと、圧巻のジャジューカの音源には、互いに共通した
魂の深部に響く圧倒的な力を感じる。

ブライオン・ガイシンやブライアン・ジョーンズは、
ジャジューカのマスターズ達と良好な関係を築き、互いを敬愛していた。
その証拠に、”The Master Musician Of Joujouka”の公式HPには現在、
ガイシンの生誕100周年を祝うメッセージが掲載されている。

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さらに、ジャジューカの音楽には”Brian Jones Joujouka Very Stoned”
という楽曲が存在する。そしてジャジューカ村では2008年に
ブライアン・ジョーンズの来訪40周年を記念して、
“The Master Musicians Of Joujouka Brian Jones 40th Anniversary Festival 2008”
が開催され、その模様はDaragh McCarthyによって映画として世界に発信された。
これによってジャジューカが再び世界的な注目を集めたことから、
このフェスティバルは年中行事となり、現在まで続いている。

【最後に】

こうした世界の名だたるミュージシャンや作家、アーティストそして
世界中の人々を魅了し続けるジャジューカが今後どのように継承され、
革新的な伝統が創造されていくのか。
ジャジューカが果たす全世界的な役割に今後も注目していきたい。

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